犬神家のお盆

そろそろお盆という事で、今日は母と一緒に、お墓参りへの手伝いに出かけました。
うちの家は大学時代から「お前の家は、犬神家のようだ」と、友達地に言われ続けていましたし、自分からも「うちは犬神家だから・・・」という話をよくしていました。
それだけ、「イエ」とか「血筋」とかいうものを大切に考えている家でした。

また、しきたりもあれこれと残っており、私が大学時代に「一人旅に出る」といったとたん「その日は旅を始めてはいけない日だから、ずらしてほしい」といわれ、むしゃくしゃして、結局、旅行を取りやめて一人部屋にこもった夏休みを過ごしたこともありました。

そんな「犬神家」だったので、とにかく、しきたりというものに反発をし、そのたびに家族の中に不協和音が響き渡り、「家を出ていけ」とか「今までのお金を返せ」とかいうような、家族としては話してはならないようなことを堂々と話しあっていましたし、父母も困り果てていました。

という事で、震災以降はお互いに連絡も取りあわず、みんなそれぞれで「連絡先は知らない」という暗黙の了解のまま、過ごしてきました。
しかし、その中心であった祖母も亡くなり、父も亡くなり、母が実家で猫を相手に暮らしている毎日が続いています。

しかし、彼岸や盆になると、何やらわからないけれども、「墓参り」に連れて行かされます。
実家のそばのお寺に墓はあるのです。
しかしそれとは別に別の場所に「お墓」があり、いつもそこへ行くときには手伝いをさせられています。

「これはいったい誰の墓なの?」と母に聞きます。
しかし、母の答えは「ずっと昔のよくわからない人」としか答えてくれずにいます。

もしかしたら、あれこれ「血筋がどうのこうの」といった横溝正史的なごたごたがあった残りかもしれないと思っています。
現に、最近「我が家のこれまで」について急に興味を持った弟が、仏壇の「位牌の中」を調べ、「たくさんの子供が死んだんだね」という一言を残していました。

そんなことを考えると、「やはりうちには何か人には言えない秘密がある」とつい、思ってしまい、
「やはりうちは犬神家なのか」と思ってしまう今年の夏のお盆でした。